2012年6月17日日曜日

原発について

原発について


Twitterのほうで原発についていろいろ話したのだが、まとめておく必要性を感じたのでここに記すことにする。

このためだけに休眠状態だったbloggerをたたき起こしてきた。

今回の大飯の再稼働、若干拙速感はあるが方向としては間違っていないと思う。福島でもスクラムは機能した。 緊急炉心冷却装置さえ保たれていれば事故はなかったということだ。
大飯原発が再稼働したことによるリスクの上昇はほとんどないだろう。

(もっと言えば稼動状態だろうが停止状態だろうが崩壊熱は出るのだからブラックアウトが発生したらその時点で福一の再現ではないか?)

まず、これまでtwitterではどちらかというと原発存続派よりの発言をしてきたが
はっきりさせておかないといけないのは


一言も 未来永劫原発がなければならないとは言っていない。ということ。

ただ、原発が担ってきた分を賄えるような方法が確立されて実際に稼働可能になるまでは仕方ないだろう。少なくともその日は明日とかあさってではないはずだ。

事故が起こってしまったことは仕方がないというか、変えようがない。この先どうするか、という事になるわけだが、やはり原発しかないだろう。これまで原発が担ってきたんだから。

10年後、20年後、50年後に向けて舵を切るならともかく即時廃炉求めるのってそのへんのことは考慮してない。

手段がなんであれ
「エネルギーの大量安定確保」「コスト低減」「災害に対する安全性」が揃った発電ならなんでもいい。
ただ、この3つの観点で見て、現時点でエネルギーが確保できてコスト的に優位なのって原発しかないよね、ということだ。

こう書くと必ず来る反論は「事故の尻拭いのコストも云々」「絶対安全なんて無理云々」なんだけどじゃあ火力なら、地熱なら、この3つが満たされるのか?各々項目で原発を上回れるのか?というと疑問符。

僕が昨年からずっと不思議に思ってるのは事故以降聞こえてくるのは「脱原発」「即時廃炉」ばかりで
「原発の安全性強化」のデモが聞こえてこないこと。最終目的は「原子力災害の防止」で脱原発はその究極の手段であるはずなのに、そこをすっとばして脱原発だけが目的化している。


ここに僕は作為を感じる。いわゆる「プロ市民」の存在がそうさせているのではないか?何か工作があるのではないか?と邪推する。
何にせよ脱原発が目的化しているのは異常と言いたい。それは手段と目的が逆転している。

ここで反論を頂いた。
「 福島のような事態になる可能性が少しでもあるのなら稼働、存続はしない方がいいと思ってる。それが例え短期間であろうと。」
これは僕は論理的でないと思う。
少しでもリスクがあることが許されないなら飛行機はおろか自動車にも乗れない。
現実的にはリスクとベネフィットをてんびんにかけることを日常でしているはずだ。


もし、脱原発をすすめるなら世間で言われているよりリスクが大きく、世間で言われているよりベネフィットが小さいことを示し、かつ、原発よりベネフィットが同程度かつリスクが小さい対案を出さなければならないと思う。
これまで回ってきたシステムを変えるにはそのコストに見合うだけの理由がなければならないだろう。

あるいは逆に脱原発するベネフィットは何か?と考えてみる。唯一にして最大のメリットは「事故のリスクの低減」だろうが、台湾、韓国、ロシア、中国、はては北朝鮮まで日本近辺には原子炉がある。これらも停止しない限りリスクはちっとも減らない。
それら海外の原発の停止はほぼ不可能だろう。 なにせ、今やってる「全然関係ない地域の人がデモに出張ってくる」状態の超拡大版なんだから効くわけがない。

現在止まってるけど停電してないから足りてるっていうのは錯覚だと思ってる。お金さえ出せばいくらでも買えるってのが足りてるってことでしょ。パン買いに行って成人男性1日平均必要量の分しか買えない量しか焼いてなかったら足りてないじゃん。金出しても買えないじゃん。


東電が許せない・信用出来ないという理由は論外。じゃあJ-Powerならいいのか?国の直轄に改組したらどうなんだ?

ついでに言うと、僕個人はある程度の予算と時間があれば事故リスクは減るだろうと思う。福島クラスに対応することはできるはずだと考える。原発に限らず安全技術は事故によって進歩する。
東芝や日立の技術者の方々や現場の方には釈迦に説法だろうが。

事故のリスクについては何ともいえないけど、とりあえず一部の過激派が言うような「心不全が」「鼻血が」「湿疹が」っていうのは盛りすぎだろう。
IFの話だけどもし国際単位系がまだBqでなくてキュリーを採用していたら脱原発運動は盛り上がらなかったのではないか。
 オピニオンリーダー層にベクレルとシーベルトの関係を理解していない(式としてではなく、概念として)人がいるのは確認した。
おそらく「ピコキュリー」では箔が付かないだろう

ガスボンベの製造企業が原発再稼働を求める広告を出したと聞いた。
ある意味良心的で愛国心溢れる(?)企業だと思う。
体力のある企業で日本に拘らないところは海外に工場を移し、拘る所は自家発整備。
体力ないところは倒れていく。無言で海外に工場を移すのとどちらがマシか。
再稼働をしなければならないのはわかりきっていたことだ。

「産業界の圧力」と、あたかも悪いことのように言う人もいるが現実に産業に我々の生活は支えられれている。ひいては自分たちの生活の保護につながるはずだ。

Twitterの方でつぶやいたまとまりの無い文章を再構成した。
読みにくいところ、意味の通らないところがあれば許して欲しい。
もし、この記事を読んで思ったことがあったなら、是非ついったのアカウントまでお寄せいただけたら嬉しく思う。